グライダー
03/29/2003


会社の人に誘われて、グライダーに乗りに行くことになった。場所はネバダ州のMinden。レイクタホの向こう側にある。


ここはアメリカ。クルマなんかを使っていたら、移動に時間がかかってしまうので、飛行機で行く。日本に住んでいたときには軽飛行機に乗る機会はまったくなかったのだが、アメリカではもう何度乗ったかわからない。以前にも紹介しているが、どこの町にも飛行場があって、そこの飛行クラブで飛行機を借りることができる。飛行機を借りるなんていうと、とても高そうに思ってしまうが、実はちょっと高級なレンタカーを借りるのと、そう大差ない価格なのだ。1時間$70とか$80とか、そんなものである。しかも料金はエンジンが回っている時間に対してチャージされるので、飛んでいない時にはお金はかからない。駐車中でも料金が計算されているレンタカーよりも良心的だ。
さて、これが今回の移動に使うセスナ。ネバダ州に行くには山越えをしなければならないので、いつものセスナよりはちょっと豪華なタイプである。ターボチャージャー付きで6人乗り。といっても、最後部の座席は大人が座るにはせますぎる。ここは荷物置き場になるので、実質は4人乗りというところだ。気象レーダーやGPSを装備していて、キャピンもちゃんと与圧される。


飛行中の室内。前席の二人ともパイロット資格を持っている。飛行機を飛ばすのは、操縦そのものよりも、無線の切り替えとか管制のとのやりとりが忙しいので、このように二人で飛ぶと楽なんだそうである。一人が操縦を、もう一人が無線のやりとりを行っている。飛び上がってしまえば、あとは自動操縦で飛べるのだが、ベイエリア周辺の空は混んでいて、常に周囲を警戒している必要があり、のんびりできるわけでもない。
前席の二人はヘッドセットを付けているが、これは後席でも必需品だ。エンジン音がうるさくてヘッドセットを通じてでしか会話ができない。ところが、このヘッドセットには、管制の無線が絶えず入ってくるので、会話もやりにくい。パイロットが無線を聞き逃さないよう、管制との交信を邪魔しないよう、タイミングを見計らって会話する必要がある。
このヘッドセット。完全に耳を密閉するタイプなので、ちょっと暑い。


カリフォルニア州とネバダ州の間に横たわるシエラ・ネバダ山脈を越えているところ。この辺はちょっと低いらしいが、高いところでは4000m超級の山々が連なる。僕自身、軽飛行機でここまで上がったのは初めてだ。外は氷点下である。
エンジンが単発なので、こういうところではちょっと恐い。キャピンは与圧されているので快適だが、ここで窓を開けたら数十秒で酸欠になり気絶する高さだそうだ。
遠くにレイクタホが見える。


ここが今回グライダーにのるMindenエアポート。砂漠の真ん中である。ここなら、グライダーの高度が保てなくなっても、どこにでも不時着できそうだが地表で無線が通じるのかどうか、その方が問題だ。携帯電話は、空港から離れたら当然圏外となる。日本と違って、アメリカは圏外の地域の方が多いのだ。
英語では「エアポート」なので、日本語では「空港」となるわけだが、日本人にとって、空港という言葉の響きから想像されるのは成田や羽田のような大空港、あるいは福岡や札幌のような地方の重要なターミナルだろう。「飛行場」。この方がイメージとしては正しいかもしれない。旅客、または貨物などの商用便はほとんどなく、大部分は自家用機の類である。ここに来るときに飛び立った飛行場も同様の種類のもので、アメリカの飛行場とは、ほとんどがこういうものである。
ここまでの飛行時間は、約1時間。クルマだったら5時間はかかるところだ。クルマだとここまで日帰りで遊びに来ることはできないが、飛行機を使えば余裕だ。自宅から飛行場まで約20分。離陸準備に約20分。飛行時間が1時間。そして乗ってきた飛行機はグライダークラブのすぐ目の前に駐機しておけるので、駐車場の心配もないし、料金もとられない。アメリカでは軽飛行機がなんと実用的な乗り物であることか。


これがグライダー。普通の飛行機に比べると、非常に翼が大きい。また、前面投影面積を小さくして空気抵抗を極限まで減らすため、スリークなボディとなっているのも美しく感じる。僕はグライダーの操縦資格を持っていないので、これは副座機であるが、もろちん単座機もある。副座機は戦闘機のように前後に2名となっていて、キャノピーは独立している。
飛行機は、操縦資格を持っていなくても同乗者が操縦資格を持っていれば、操縦していても構わない。今回のフライトでは、離着陸だけを後席のパイロットにやってもらい、それ以外は自分で操縦することになるコースを選んでいる。今までにも、上空でセスナを操縦させてもらったことは何回かあるのだが、やっぱりちょっと遠慮気味に操縦していたので心底楽しんだというものでもない。今回は、自分で操縦するコースを選んでいるので、思いっきり楽しんでやろうと思う。


前席のコックピット。 計器はこれだけ。。操縦姿勢は、かなり仰向けになる感じ。前から頭のうしろまで、全部透明なキャノピーで囲まれている。乗ったことはないのだが、F-16はこんな感じなのだろうか。前後方向には意外とゆったりしていてセスナやジャンボジェット機などよりも快適だ。なにしろ開放感が素晴らしい。
さて、ここで操縦の簡単なレクチャーがあるわけだが、そういうのは日本と違ってかなり大雑把だ。
このときのレクチャーはこんな感じである。

インストラクター「フライトシミュレーションみたいなゲームはやったことある?」

僕 「何度か。結構好きだ。」

インストラクター「どんな機体を飛ばしていた?」

僕 「F-18が好きだけど。ミッションによってはF-22を使ったこともある。」

インストラクター「じゃ、飛行機の飛ばし方はO.K.だね。あれと同じだから、簡単、簡単。ただし、アフターバーナーとミサイルは付いていないから、そのつもりで。」

僕 「えっ、この時期に丸腰で飛ぶのは恐いなぁ。(一応、ジョークのつもり。イラク戦争中だったから。)」

インストラクター「大丈夫、大丈夫。万が一ミグが来ても、すぐそこがネリス空軍基地だから。じゃ、ちょっと操縦桿を動かしてみようか。」

こんな感じで、かなり適当。あとは大気速度計、高度計、Gメーターの読み方、無線の使いかた、酸素マスクの使いかたなどをザッと説明される。もっとも、インストラクターは後ろに乗ってイザというときは操縦を代わってくれるわけだから、何も心配することはなく、まあとにかく飛んでみよう、ということだ。
操縦桿は戦闘機と同様に足の間に一本生えているタイプ。写真左下に見えるレバーは、スロットルではなくてエアブレーキのレバー。引くと主翼の中央部分にエアブレーキが出てくる。もちろん、ペダルでラダーを操作するのは普通の飛行機と同じ。 グライダーにはエンジンが付いていないので、ヘッドセットは必要ない。無線もスピーカーから流れてくるし、マイクはハンドマイクを使う。ヘッドセットという奴はどうも好きになれないので、これはうれしい。


一通りのコックピットドリルを終えて、ふと前方を見ると、こんな景色が広がっている。前方のシエラ・ネバダ山脈まで何もない。こういうところなら、グライダーだろうが戦闘機だろうが安心して飛ばせるというものだ。
しかしまあ、見事に何も無いところである。


いよいよ離陸。前方に見えている飛行機とワイヤーでつながっていて、あれに上空まで引っぱり上げてもらう。今回、切り離し予定の高度は1万フィート。約3000m。富士山と同じくらいの高さだろうか。
離陸は後席の教官が行う。僕は操縦桿とペダルに軽く手足を添えて、操縦桿やペダルの動きと機体の動きを感じられるようにしておく。
ほんのちょっと滑走しただけで、簡単に浮いてしまった。機体の特性上、牽引の飛行機よりも早く離陸できるが、そこで機首を引き上げずに、牽引の飛行機と協調しながら機首を上げていく。いちおうこれは、「最初の飛行訓練」という名目のコースなので、後席の教官からそんな解説がある。


キャノピーの横には、このような小窓があって外気導入を調節できるようになっている。また、計器盤にあるノブで前方からの外気導入も調節できる。全部が透明なキャノピーで覆われているので、素晴らしい視界と引き換えに、かなり暑い。
もちろん、先ほどまで乗っていたセスナ機のようにエアコンがあるわけでも、与圧されているわけでもない。高高度を飛ぶときは、酸素マスクを使う。今回は1万フィートまでしか上がらないので、必要ないのだが、一応使いかただけは説明された。


徐々に高度を上げながら、シエラ・ネバダ山脈に向かう。
この時点で、すでに操縦は僕が行っている。と言っても、引っぱられているときは前方の飛行機よりもちょっとだけ高い位置にいるようにして、あとは引っぱられるのに任せていればいいのだが。
指示に従って操縦桿やペダルをほんの少しだけ動かして、機体の反応を試してみたり、ちょっとだけ高度を落として、前方の機体が作り出す「ウォッシュ」(と英語で説明された。乱流のことだと思う。)による乱れを体感したりと、この間もそれなりに練習はしている。


後続のグライダーから撮影された、僕の機体の雄姿。左側に見える大きな翼の機体が、僕のグライダーで、右側は牽引している飛行機。


シエラ・ネバダ山脈上空。ここらでそろそろ高度1万フィートになる。
後席のインストラクターの合図で牽引ワイヤーを切り離す。切り離しと同時に、ガクンと大気速度が落ちる。牽引の飛行機は左に急旋回して飛行場に戻っていった。
ついにグライダーとして、飛んでいるのだ。
気をつけるのは大気速度計。大気速度をグリーンの範囲に入れておけば、失速することはない。速度が出すぎたときは、軽く操縦桿を引き、速度を高度に変換する。逆に速度が低いときには、軽く操縦桿を押して高度を速度に変換する。まさにエネルギー保存の法則である。もっとも、空気抵抗分のエネルギーを失っているので、徐々に高度は下がっていくわけだが。


下に見えるのはスキー場。この時、地面との距離は結構近いので、肉眼ではスキーヤーが何をしているかまでハッキリと見える距離である。このグライダーを見上げているスキーヤーもいて、なんとなく優越感を感じる。人より高いところにいると、優越間を感じるのは何故だろう。
ここら辺で失速を体験する。と言っても事故ではなく、体験としてわざと失速させたのだが。
操縦桿を軽く手前に引くと大気速度が徐々に落ちてくる。大気速度計の針が緑の範囲を超えた時、多分25ノットとかそのくらいだと思うが、機体がガクガクと揺れ始めた。これが失速である。このまま放っておけば速度を失って墜落となるのだが、そうならないためには、軽く操縦桿を押してやればよい。それだけで、すぐに大気速度は増し、機体は安定する。
グライダーというのは、実に安定な乗り物だと思う。


だいぶ高度が下がって来たところで、インストラクターの指示にしたがって機首を向けたところにサーマル(上昇気流)を発見。ここで2G旋回を試みる。計器盤にGメーターがあって、+2Gと-1Gのところに線が引いてある。ここを超えるなという意味だ。通常の旋回は+Gがかかることになる。写真は右旋回中。旅客機にしてもセスナ機にしても2Gをかけて旋回した経験はない。グライダーは速度が低く、翼が大きいので、かなり小さい半径で旋回する。2Gだと、感覚的には60°くらい傾いているような気がするが、実際にはそれほどでもないのだろう。それでも視界のほとんどの部分に地面が入ってくるのが、ちょっとスリルを感じる。
サーマルの中で旋回しつつ高度を稼ぐのだが、ここは気流が下から上に流れているところなので、機体がかなりゆれる。加えて2Gで旋回しているのだから、かなり不快だし、人によっては怖いかもしれない。もし、自分で操縦しているのではなかったら、気持ち悪くなっていたかもしれない。実際、これで気持ち悪くなる人はかなりいるようで、すぐ手の届くところに、袋を持っていろと言われた。でも、操縦桿を握っている限りは大丈夫そうだ。


約1時間のフライトを終えて着陸態勢に入っているところ。写真右側に見えるのが滑走路だ。ここでは、すでに後席のインストラクターが操縦している。
フライト時間が1時間なのは、そういうコースだからであって、飛んでいたければいくらでも飛び続けられるらしい。どのくらいの時間飛んでいられるのか聞いたところ、トイレを我慢できなくなるまでだそうだ。トイレさえなんとかできれば、日の出から日没まで飛びつづけられるとか。


右側の紺色のシャツを着ている人物が、後席に座ってくれたインストラクター。かなりの年配だが、グライダーだったら動きがゆっくりしているので老後でも楽しめるスポーツだと思う。
左側、Tシャツのアメリカン・ガイは地上要員。グライダーへの乗り降りや離陸を手伝ってくれた。


この後、ランチをとるために、クルマを借りて街へ向かう。街までは約20分。街に着くまで、道路脇には、やっぱり何も無い砂漠の真ん中である。


帰りは西に向かって飛ぶことになるので、西日がまぶしい。パイロットは辛そうだ。


これが僕のPILOT LOGの第1ページ目。今回の講習内容が記録されている。これは、パイロット資格を持っている人が使っているのと同じもので、今後、僕が継続してパイロットの資格をとるために訓練を受けた場合、またその後、正式なパイロット資格を得た場合でも、ずーっと使い続けるものになるログブックだ。その記念すべき1ページ目がこれ、というわけ。


アメリカは、とにかく何を始めるにも敷居が低い。クルマの免許だって取得するのは簡単だし、モーターボートなどは免許すら必要ない。今回のグライダーも、操縦の説明は簡単なものだ。もちろん、本格的にやろうと思えば相応の努力は必要だが、日本のように最初の敷居を高くしておく必要はないと思う。面倒な説明や理論、規則はあとまわしにしてみて、とにかく最初は体験してみる。楽しんでみる。こういう姿勢がアメリカ流だと思う。